ボイス

技能実習生の声

03月21日

微笑んでくれてありがとう

 たった一人の笑顔から何をもらえますか?たった一人の笑顔は何を変えられますか? 私は、一人の笑顔から元気をもらい、生きる力をもらい、やり直す勇気をもらいました。 だから、"微笑んでくれてありがとう"とずっと言いたかったのです。
 人生って失敗と成功が繰り返すものです。"猿も木から落ちる"のことわざ通り誰であろうと、大なり小なり失敗は経験します。 私も例外ではありません。社会の第一歩、私は縫製会社に就職しました。ぜんぜん分からない職業のこととて、最初はとても骨が折れ苦労しました。 その上、私の上司は厳しい人で、笑い顔も滅多に魅せませんでした。そのせいか、上司の顔を見るたびに、 私はなんとなく怖くなってドキドキしました。私の会社はヨーロッパ、日本、韓国へ輸出する衣類を作って経営しているので、 品質はとても厳しかったです。特に厳しかったのは日本向けの製品です。 取引先の要求に従って出荷する前に、完成品の中に残る針があるか否かという検査があり、もし針が残っていたら機会のブザーがブブっと鳴ります。 そんな簡単な作業にもかかわらず、ある日本に輸出するコートで、私がうっかりしたせいで、針が残っている製品が流れてしまっていたのです。 その後引き取り先で発現されて、会社が40万元(約600万円)までの損害になってしまいました。あのときの私は怖くて怖くて、 一言の謝る言葉さえ出ませんでした。ただその場から逃げたかった。自分の手で犯したミスから逃げたかったのです。 でもそのとき、滅多に笑わない上司が私の肩をたたきながら、優しく笑ってくれました。私はその微笑みを見て 涙を流しました。その瞬間、会社を辞めさせられる不安、賠償の不安や怒鳴られる恐怖などが消えて、落ち着きました。 その後、私の頭の中に焼き付いた上司の笑顔を思い出し、自分に"この笑顔から何をもらったか?"と聞きました。 答えは見つかった。それは"失敗の教訓さえくみ取れれば、失敗は怖くない、立ち上がることさえできれば転ぶのも怖くない"と言うのです。
 私は上司の笑顔から勇気をもらって、また元気を奮い起こして頑張って続けました。おかげで同僚も私を受け入れてくれました。 私はあの時初めて仕事の難しさと楽しさ、そして人の心の温かさを知りました。
 上司の微笑みは、その後の私の生き方に影響を及ぼしています。あのとき上司が微笑んでくれなかったら、私は今の成長はありません。 そして、上司が微笑んでくれなかったら、私は一生失敗から逃げ続けているかもしれません。 失敗したら、選べる道は2本あります。1本目はもう一回チャレンジする道です。もう1本は逃げる道です。 上司があのとき微笑んでくれたからこそ、私はチャレンジするという正しい道を選べました。 これからも失敗から逃げずに、ずっとこの正しい道を歩んでいきたいのです。
 上司はたった一秒微笑んだのですが、私にとってその一秒の微笑みが失敗したときのやり直す勇気、転びそうになったときの杖、 また迷ったときの道しるべとなっています。あの微笑みは、私がこれからも持ち続けたい宝物です。一生忘れることはできません。 だから、"微笑んでくれてありがとう"と心から言いたいのです。

2007年11月入国(女性)
2008年12月 2級合格
2009年12月 1級合格

 

03月21日

可能性は無限

私は二〇〇六年十一月十四日家族の涙で送り出され、ひとりぼっちで夢のレールに足を踏み入れました。日本語の通訳になるのは私の夢です。また日本語だけではなくて、日本のすばらしい風俗や文化を勉強したいと思っています。
 言葉の通じない国で生活するのは大変です。仕事にもなかなか慣れませんでした。最初、仕事と日本語の勉強はなかなか両立できませんでした。だからこそもっと頑張らないとだめだと思いました。仕事をしながらでも夢を実現させるために、ほとんど毎日勉強して来ました。 分からない問題があったら日本の同僚に教えてもらったり、辞書を調べたりしていろんな困難を克服して、一年目で2級に合格することができ、翌年には2回の挑戦で1級に合格することができました。
 人生には晴れた日があれば曇った日もあります。楽しいこともあれば辛いこともあります。これは本当の人生です。私は夢+努力=成功だと思います。希望を抱いて努力する。そしてあきらめない。自信を持って夢を追い求め、後悔のない明日のために精一杯生きていくことが大事です。後輩の皆さんも自分を信じて、自信を持って頑張って自分らしく生きていってください。 可能性は無限だから、一生けんめい頑張ったら、きっと成功します。
 時間は矢のように去っていきました。私に残された研修期間は一ヶ月をきりました。中国アセアンの先生と会社の皆様のおかげで、三年間の日本での生活をとても楽しく送ることができました。 いろいろとお世話になり、誠に有り難う御座いました。

2006年11月入国(男性)
2007年12月 2級合格
2009年7月 1級合格

 

03月21日

身に付いたこと

三年間の日本での研修生活がもう少しで終わるけれども、その中で、いろいろな知識を身に付けました。
少しの時間でも勉強を続けてきたから、試験に合格することができて、「雨垂れ石をも穿つ」の思いで頑張りました。
日本に来る前に、両親からせっかくのチャンスだから仕事と同時に勉強の時間を作って、有意義な生活を過ごしなさいと言われました。
三年の間で両親に言われたことを忘れずに、仕事が終わって毎日二時間の日本語の勉強を続けてきました。
その勉強の中で、このような経験がありました。

まず勉強することには原動力が必要だと思います。
私の勉強する原動力は両親の期待でした。
日本に来たばかりの時に、勉強した単語の意味さえ十分に理解できませんでした。
日本語に対して不安な所があってストレスを感じたけど、両親が心の支えをくれたおかげで 昨年無事に二級に合格できました。
あの時は嬉しくて もっと上の一級に合格する自信もありました。

つぎは勉強することには持続力が必要だと思います。
休みの時でも、他の人は遊びに行ったけど、私と先輩は図書館に行って勉強していました。
勉強することには王道なし、努力することを繰り返して、上達できると思います。

日本の祭りに参加したり、読書したりすることで、日本の風習、文化、ニュース、コマーシャル、天気予報を見ることによってヒヤリングが上達し、日本語の   も増えました。
最初は焦らずに聞き取れないのが当然で「聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥」と思っています。
言語の勉強は基礎の習得が重要なポイントで、発音、五十音の勉強と文法の習得を目標にします。
日本語の勉強は聞く、話す、読む、書くの4つに分類できると思って日本人と話したり、ラジオを聞いたりして分からないことばがあれば、メモにして、あとで辞書で理解するまで自習します。
日本語にはたくさんの漢字が使われているので、集中して学習します。
日本語能力試験一級が取れたことには、組合と会社がいい勉強の環境を与えてくれたおかげで、また先生、仲間、友達と周りに支えてもらった成果だと思っています。
私の夢は日本語の同時通訳になることです。
私の夢を実現するために、これからも頑張りたいと思います。
皆さんもよい成果が残せるように頑張ってください。

2006年4月入国(女性)
2007年日本語検定二級合格
2008年日本語検定一級合格

 

03月21日

日本語の勉強

日本へ行くと決めたのは、中国の現状は学歴社会だから、自分のレベルでは、いい仕事にはつけないと思ったので、日本という先進国へ行って、技術を学ぶ上、語学を身につけ、中国へ帰ったら人生が変わるかもしれないと思ったからです。

中国ですこし日本語を勉強したけど、使う機会がなかったので、あまり身につきませんでした。
日本へ来て、初めて日本人に接すると、はずかしく、自分の意志が伝わらないのではと心配し、なかなか口に出せませんでした。
日本語の研修期間中に、日本人の先生が「あなたたちは親のもとを離れて、知らない国へ行って、言葉も通じないのに生活するなんか、私ならできないと思います。感心しています。」と言われました。
私はその言葉で、日本へ来る勇気があるのに、なぜ日本語を話す勇気がなかったのか、外国人だから日本語が話せなくても、恥ではないと気づかされました。
それから自信を持って、積極的に日本人に話しかけるようになり、わからない所は、ちゃんと質問をしました。

会社で仕事をし始めると、たくさんの事を覚えなくてはいけません。
言葉が通じないから、相手の言いたい事が理解できないし、自分の言いたい事も伝わらないのではと心配したけど、日本語研修期間中に習った日常会話が役に立ちました。
でもまだまだわからない言葉がたくさん出てきたので、ノートに書いて辞書で調べて覚えました。

普段は勉強する時間があまりないので、休日によく地元の図書館へ行き、そこの学習教室で勉強しています。
月日が経ち、日本語のレベルが上達してきたので、ますます日本語を勉強することが好きになりました。
どこの国でも、言葉の独特な表現方法があり、その表現の方法というものは、教科書にのっていない言葉がたくさんあり、実際経験してみて微妙なところまで理解できることが楽しいと思います。

今はインターナショナルな時代で外国語のできる人が必要とされています。
私の郷里にも日系企業がたくさんあり、日本で三年間勉強したことを生かして行ければいいと思います。

最後に今の私があるのは、会社と組合の皆さんのおかげです。
いろいろと励ましたり、支えてくださり、ありがとうございました。
本当に感謝しています。

2005年6月入国(女性)
2006年日本語検定二級合格
2007年日本語検定一級合格

 

03月21日

日本語の勉強

一ヶ月前、私は日本から日本語の一級合格所を送ってもらいました。
その時、私はたのしくて泣いてしまいました。
これは私が一生懸命努力した結果です。

日本に着いたばかりの時、私の日本語が全然得意ではなかった。
普通のあいさつでも聞き取れませんでした。
仕事の時、日本人はいつも親切に教えてくれましたけれども、どんなに詳しく説明しても、意味がわからない時がいっぱいありました。
その時の私は心が苦しかったです。
自分のせいで、またみんなに迷惑をかけました。
休憩の時、日本人が一緒に話したり、笑ったりする姿を見た私は本当に羨ましかったです。
みんなが何を話したのかな、なぜ笑ってるのかな、本当に知りたかったです。
それにみんなと一緒に話したり、笑ったりしたかったです。
あの時から私は、これから日本語を勉強することを決めたんです。
決めたのは決めたけど、日本語の試験を受けることを考えた事は全然なかったです。
ただ、この国の事と、ここの人間の風俗習慣を知りたくて、みんなに迷惑をかけないように頑張りたいです。

自信がいっぱいですけど、仕事の後、自分で勉強するのが本当にいやだった。
あの時、私は自分にこういう話を書いたんです。
「自分で選んだ道は、どんなに困難があっても、ひとりでゆっくり歩くしかない。ほかの人に負けるのは当たり前ですけど、自分に負けるのは怖いです。だから自分に負けないように頑張りましょう」

知らないうちに私は、みんなの話が少しずつ聞き取れるだけでなく、自分の言いたい事も話せるようになりました。
私は自分が勉強した文法とか言葉を聞いた時、本当に話せないほどうれしかったです。
その時、もし私は今勉強していなかったら、みんなの話をどんな意味に聞いたのかなと思いました。
日本語を勉強するのは、日本にいる間の趣味になりました。
最初の自分に無理矢理に勉強させるから最後の一日だけ勉強できなかったら、ほかの事をする気がないまで、すごく自然の過程だった。
自分の脳も生活も充実になりました。
無職の事を考える時間がなくなり、又私に取って時間を無駄にするのは自分の未来を無駄にしているようですから。

身につけているものは、いつまでも自分のものです。
だれでも取れないものです。
だから、みなさん、頑張りましょう。
青空だけ青ければ私たちも希望があります、
努力だけすれば、いい結果が出るよ!
頑張りましょう!

2006年3月入国(女性)
2007年日本語検定二級合格
2008年日本語検定一級合格

03月21日

一期一会

僕は2005年6月に日本に参りました。
今 日本に来たばかりの時を思い出すと、まるで昨日の様な事です(光陰、矢の如し)。
その時は言葉もあまり分かりませんでした。普段の生活とか仕事とか とても大変でした。
でも 私の回りの皆さんの暖かい心配りを受けて生活と仕事がだんだん慣れてきました。
皆さんからいろんな事を教えてもらって 本当に助かりました。

合うは別れの初めということわざがあります。3年経った僕らは帰国するけれども
まあ 終わりは新しい始まりである。過ぎ去った時は戻れないけれども でも 僕はどんなに離れていても 心の中で いつでも皆さんのことをお思い続けていこうと思います。
決して皆さんのことを忘れません。今 過去の三年間を振り返ると楽しいことばかりでした。
日本に来たからこそ 一期一会の儚かなさ 辛さ 人恋しさが分かりました、それによって 僕も大きく成長しました。
だから今回の旅は私の人生中の最も重要な一部分になり、それに日本も僕の第二の故郷になりました。
これから帰国して日本で勉強した事を活かして 頑張って参りたいと思います。

この場を借りて すべての支えて下さった方々(会社の皆さま 中国アセアン交流協同組合の皆さま 送り出し機関の皆さま)に心より厚くお礼申し上げます。本当に有難うざいました。

皆さんとの出会いは 本当に良かったです。いい思い出がいっぱいできました。
何時御縁があったら また 会えるだろうと 心の中で信じております。

2005年6月入国(男性)
2006年2級合格
2007年1級合格

 

03月21日

コミュニケーション

私は2年前に研修生として日本にやってきた。
日本語の勉強もその頃から本格的に始た。 まず私の失敗談から話します。

日本に来て半年ぐらいの時の事。 私の職場に日本人の若い女性の人が働いていた。
ある日、窓の外から変な臭いがしてきました。
「あら、何か犬の糞のような臭いがしませんか?」と私に聞いてきたので、 「それはどんな味ですか」と言ったら、彼女は困った様な顔をしながら 私は食べたことがないから分からないですよと変な返事が返ってきた
「食べたことがない?」それはどういう事ですか?と彼女に聞いたら、 日本語では、味と言えば味覚のことで匂には使えないということが分かった。
失礼だなと思ってすぐ「すみません」と謝りました。
彼女は 大丈夫ですよ外国人ですから間違うのが当たり前ですから 「習うより慣れよ」と言うつもりで頑張ってくださいね と 怒るどころか優しく励ましてくれました。その事があってから味と匂いの区別ができるようになり 言葉遣いに気をつけて話す様になった。

それからいろいろな言葉遣いの間違いを繰り返しながら1年が過ぎ、 「日本語能力試験2級」にも合格することが出来た。
私は日本語に対してすこし自信を持っていたが、悩もありました。
それは日本語の勉強が伸び悩んでいることです。その訳は日本語能力試験2級に合格したので 日本語を間違って話したら恥ずかしいという気持ちがあり、日本語を話すのが怖くなっていたからです。
この状態がこのまま続いたら、自分にマイナスだということが分かりきっているから ただちに上司に相談してみました。すると上司は次のように言ってくださいました。

日本語でも仕事でもうなぎのぼりの様に上達するものではありません。それには段階があって 何でもすぐ覚えられる時期もあれば足ぶみをするような時期もあります。
間違って話すと恥ずかしい、帰国まで後1年半しかないという焦りの気持ちがあるからでしょう。
あなた今の現状では勉強をする物に於いてはさけて通れない問題ですよ。
さしあたりあなたの心を許せる話し相手を見つけてください。そうすることによって 今の問題を乗り越えてさらに上達できると思いますよ。
と言ってくださいました。

課長のそういう話を聞いて、心の中が急に明るくなってきた。
目下の困難(境?)を乗り越えて日本語が物になるように頑張っていこうと決心した。
その後上司が言ったように心を許せる同僚の話し相手を見つけたら、話すのを恐れる気持ちも だんだんなくなった。そこで勉強にも取りくめる様になり、さらに自分自身に 対する自信も取り戻し、勉強に一層励めるようになった。そして今年は 「日本語能力試験」に見事、合格することができた。それもひとえに皆さんのお陰だと思います。

私は大企業に研修生として来ていないけど、明るく温かい環境に恵まれて
幸せだと思います。本当に心から感謝しております。日本語の学習を通して勉強の仕方を模索し、 いろいろ積み重ねてきたけど、本を読むことにもまして大切なのは 「コミュニケーション」だと思います。日本人とのコミュニケーションを通して 自分の日本語に対する能力が一段と上がり、日本文化への理解も深まりました。
日本人の仕事に対する厳しさ、人に対する優しさをつくづくと感じました。
日本に来て貴重な体験ができたこと,そして私に研修生というチャンスを与えてくれた組合に 心から感謝します。日本は私にとって第二の故郷となることでしょう

帰国後は日本で学んだ知識を活かして、中国の発展、日中友好の手助けになる様な事を やりたいと思います。

2005年11月入国(女性)
2006年12月2級合格
2007年12月1級合格

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